同じレシピでも作り方はいろいろ。どれが正しいのかわからないって、迷う人もいるかもしれません。

料理って、「こうしなくてはならない」「こうすべき」って決めつけられるものではないと思うのです。

ただ、「私はこういうやり方が好き」「この味が好き」という自分にあったやり方が見つけられたら
それでいいと思うし、それが見つけられたらとっても幸せなんじゃないかなと思っています。

きんぴらごぼうを作る時に、お酒を入れますか?

私はきんぴらごぼうにはお酒を入れます。
それが当たり前だと思っていました。
でも、私と違う作り方があるんだ、料理ってこんなにも人によって全然違うんだと感じた出来事がありました。

24歳の衝撃

今から約40年程前、私は結婚を機に、東京のど真ん中から成田の農村地域に移り住みました。
各地区ごとにコミュニティがありました。
(その当時は「部落」という言葉を使っていて、その言葉にも衝撃を覚えました。)
部落では、葬祭があると皆総出で手伝うという風習があり、私も何回か参加しました。
亡くなった方の家に皆集まって、男の人は通夜や葬儀の準備、女の人はふるまいの準備をだいたい3日間ぐらいするのです。

3日間ずっとお手伝いにいくので、その時に自分が食べる分のお米を一升位ずつ持っていく習わしがありました。また、冠婚葬祭のふるまいで必ず作るのが、「きんぴらごぼう」と「芋の煮っころがし」でした。

私は結婚する前から料理好きで料理も習っていましたので、当時はだいたい普通になんでも作れる感じの
腕前でした。

その家の台所で、部落のおばさんたちと一緒に料理作りが始まりました。
私がきんぴらごぼうを作り始めて、ごぼうと人参を炒めて、味付けをしようと思って
「お酒はないんですか?」と聞いたら、「なんで酒なんか入れるんだ?」と言われてしまいました。
私は砂糖、酒、醤油をいれるのは当たり前だと思っていたのですが。。。
結局言われた通り、油で炒めた後に砂糖、醤油、水で作りました。

次に里芋の煮っころがしを作ることになりました。
皮をむいて面取りしようと思ったら、「なんで捨てるんだ!」とおばさまたちにまた怒られて、、、
私は「えっ!面取りしないの?」と驚きました。
せっかくの作物を捨てるのはもったいないということだったのでしょう。

別にお酒をいれなくても、面取りをしなくても、ちゃんとキンピラも煮物もできたんです。

自分の「当たり前」と思っていたやり方が、他の人とまったく違っていたという、
衝撃的な出来事でした。

でもこの出来事が、私の料理対する考え方に大きな影響を及ぼしたのかもしれません。
「なぜ私はお酒をいれていたのだろう?」
「なぜ面取りしなくてはいけないと思っていたのだろう」
という疑問が湧いてきたのです。

自分はレシピ制作や商品開発の仕事に沢山携わってきましたが、
料理は美味しいことはもちろんですが、なぜそうするかということをきちんと説明できるようになりたいと
考えるようになったのです。

レシピを提供するだけならば、おいしい作り方をわかりやすく伝えればいいのです。
でも、なぜそうするのかという理屈がわかれば、もっと料理は面白くなると思うのです。

なぜきんぴらごぼうにお酒を入れるのか

私は、煮物にはたいていお酒を入れます。
なぜかというと、お酒(日本酒)はお米を発酵させてつくられた発酵食品(飲料)なので、
アミノ酸(うまみ成分)が多く含まれています
お酒を入れることでうま味が増して、より味わい深く仕上げしたいからです。

また、お酒はものを柔らかくする(アルコール分が保水性を高める効果)ので、
入れたほうが早く柔らかくなるからという理由もあります。

別にお酒を入れなくても作れるけれど、私はお酒を入れたほうが自分がおいしいと感じられる仕上がりに
なると思っているから入れている
のです。
お酒をいれなくても、充分おいしいと感じるならば、入れなくてもいいんです。

里芋煮っころがしは面取りしなくてもできる

里芋は面取りをしたほうが、仕上がりが美しくなります。
面取りしてあると、「ああ、丁寧に作られているな~」とパッとみて感じる人もいると思います。

また、面取りをすることで、
コトコトと煮ている間に、お芋の角と角がぶつかってそこから煮崩れるのを避けることができます。

でも、面取りしなくても、充分に食べて美味しい煮っころがしも煮物もできます。

きんぴらごぼうは炒め煮

料理に決まりはない

お酒をいれなくてもきんぴらは作れるし、面取りしないでも煮っころがしはできます。

料理に「こうじゃなきゃいけない!」なんて決まりはないのです。
人によって作り方はみんな違うんです。人によっておいしいという基準も違うんです。

でも、「なぜそうするのか」「それを入れるのか」ということを知っていたほうが、
自分の好みに合う味に作れたり、応用が利いて料理は楽しくなります。

リストランテとトラットリアの違い

イタリア料理店にはリストランテ、トラットリアなどがありますよね。
フォーマルなレストランと庶民的なレストランという違いです。
ですから、リストランテとトラットリアは値段やサービスが異なりますが、
実は料理の作り方も異なるのです。

どういうことかというと、
同じ料理を作る際も、素材の質の違い、使用する素材数、使う鍋の数(工程数)違うのです。
ですから、仕上がった料理そのものが異なるという訳です。
どちらが美味しいと単純に比較することはできないと思います。

これと同様に、
SNSを検索すると、同じ料理でも様々な作り方が出てきます。
レシピをチェックすると、材料数と工程数を見れば、
かなりこだわってつくっているのか、簡単に作れるようにしてあるのかが判断できると思います。

いつもは、トラットリア派でも、「今日は丁寧に作ろう! 」と思って、
リストランテ派になってもいいじゃないですか。

私らしいきんぴらごぼう

私は「なぜ砂糖を入れるんだろうか」「なぜそうしなきゃいけないんだろうか」と料理の作り方に「なぜ」というツッコミを入れたところから、料理の構造とか料理の理屈がわかるようになっていきました。

そして、自分らしいきんぴらごぼうを作るようになったのです。
私のきんぴらごぼうは、自分が美味しいと思うためにいくつか大事にしているポイントがあります。

 *ゴボウの状態(硬さや種類)や提供するシーンによって切り方は変える
 *炒める油は、ゴボウの味によって太白ごま油、
  もしくはサラダ油にほんのちょっとのごま油を加えたものを使う
 *きんぴらは「炒め煮」の一種なので、出汁で軽く煮てちょうどよい食感にする
 *市販のつゆの素やだしの素を使わない(すべての料理)

私はトラットリア派よりもリストランテ派だと思います(笑)

料理は、「なぜそうするのか」「なぜそれを使うのか」を知っていると、
もっと応用が利くようになりますし、何かを代用することもできるようになります。
そして、自分らしい美味しい料理が作りやすくなり楽しくなります。


料理も生き方も柔軟に、自分らしさも失わないでいきたいと思っています。