伝統野菜や在来種と呼ばれる農産物は、その土地で昔から作られてきて、種を繋いできたものです。
その土地の食文化や人々の暮らしの中に根付いて、その土地ならではの食べ方などの食文化も形成してきました。
伝統野菜は絶滅してしまったものも多くありますが、今後の消滅する可能性が高いものもかなりあると言われています。栽培する人や種を守る人がいなくなったりするという理由もありますが、大量生産しにくい、収量が不安定などのデメリットがあります。
つまり商品として扱いにくいので、全国的になかなか広まらなかったのです。
この間まで商品開発に携わってきたやまがた伝統野菜の「紅大豆」も、紅大豆研究会が保存活動もしていますが、なかなか広がらない現状があります。実際に商品開発してみると、量の確保や加工性などで苦労しました。

ビジネスの世界では、「希少性」は商品価値を向上するために重要なポイントの一つです。世界に50個しかない時計とか、一日限定50個のお菓子とか、手に入りにくいからこそ価値があるという考え方です。
F1化して一般的になりつつある京野菜や加賀野菜などは別として、そういうう見方をすれば、伝統野菜は希少性のある商品です。

ならば、レアな野菜として高く売れるだろうと考えるのはちょっと安易な考えです。野菜を「商品」としか見ていない、非常にマーケットインの考え方です。
マーケットインとは、顧客のニーズに対応した商品を提供する考え方ですが、
農産物の場合は、実際はそう簡単ではないのです。
品目にもよって多少異なりますが、これまで様々な生産者や生産団体をみていると、
農産物は基本的にマーケットインだけでも、プロダクトアウトだけでも上手くいかず、両方のバランスを上手く取っているところがビジネス的に成功している気がします。
なぜ、バランスを上手くとったほうがいいかというと、これは私がずっとお伝えしている事なのですが、
農産物は「商品」であると同時に、「植物」であり「食品」だからです。
「植物」は工業製品と同じように厳密に生産管理できない部分があります。
個体差もありますし、環境の影響などを受けるからです。
そこをどう管理していくかが作り手の腕だと考えています。
農産物は「食品」でもあります。
食べ物としての質、つまり美味しさや食味と、それをどう使うのかという調理性も重要な要素です。
どんなにおいしくて希少なものでも、癖がある、調理しづらいものは敬遠されます。
また安全であることは当たり前、栄養も重要なファクターです。
この3つの観点から農産物を考えること、それが農産物ビジネスではとても重要だと考えています。
優秀な農産物バイヤーさん達の話を聞いていると、単なる取り扱い商品ではく、植物や食品の側面もよく理解していると感じます。
商品として希少性があっても、「植物」として生産管理がしにくい、
「食品」としてちょっと個性的で使いづらいのが伝統野菜です。
ですから、伝統野菜を販売するというのは難しいのです。
私の苦い経験
実は私は、伝統野菜でとても苦い経験をしたことがあります。
しかしそれが、私が「つなぐ」という仕事と向き合うきっかけにもなったのだと思います。

今から15年以上前に、私は野菜ソムリエの資格をとり、イベントや講演活動、メディアなどにもではじめた頃で、いろいろな産地を巡っていました。
夏の終わりに新潟県の長岡伝統野菜を見るために長岡に訪問しました。
長岡には巾着ナスや梨ナスなど伝統野菜のナスがあります。長岡伝統野菜を取り扱っている長岡の青果市場の社長様に圃場を見せていただき、ご自宅でナス料理もご馳走にもなりました。
私はとても素晴らしいナスに感激しました。
そこで私は「もっとたくさん作って、東京などにどんどん売ったほうがいい、お手伝いしますよ」といった話をしました。
すると「自分達はこの長岡でこのナスを作り続けていくために、大量生産したり東京に沢山売る気持ちはない」と社長にびしっと言われてしまいました。
この時、生産者は誰もが販路拡大や生産拡大を望んでいる訳ではないということを悟ったのです。

今から思えば、資格をとって活動し始めて、自分は生産者の役に立つ存在だと勘違いしていたのだと思います。 私は、相手の想いやニーズをくみ取らずに、なんて自分本位な失礼な言い方をしたんだろう」と今でもすごく恥ずかしく申し訳ないことをしてしまったと悔やみました。
伝統野菜への生産者の想いや状況を把握
伝統野菜は、その土地の気候風土に合った作物だからここまで伝承されてきたのです。ですから次代に繋いで行くためには、その地で作り続け、その土地で根付き続けることが重要なのです。
例えば、都会のレストランで珍しい食材として提供されても意味がないとは言いませんが、繋いで行くという目的を果たすために本当によい方法なのか疑問が残ります。
私はハイエンドレストラン向けに出荷している少量多品目栽培の生産者さん達と長年付き合ってきましたし、ホテルやレストランの納品やホテルのメニュー企画にも携わってシェフの方々とお話しする機会もあります。
伝統野菜のような扱いにくい、量が確保しにくいものをメニューに落とし込むというのはとても難しいことですし、シェフや厨房が、その伝統野菜の背景を理解して柔軟に対応できないとなかなか厳しいと思います。

つまり、伝統野菜を、単なる差別化商品、高単価商品と捉えるのではなく、伝統野菜を繋いできた人達がどうしたいのかを理解したり配慮しながら、取り扱うことが伝統野菜を次に繋いでいくためには必要なのだと思います。

農産物には常に3つの視点を
先ほどもお話ししたように、農産物は「商品」「食品」「植物」という3つの側面を持っています。
商品という側面ばかりを見て繋げようとしていると、売れればよいという視点が強くなるので、植物としての持続可能性や、食品としてどう提供すれば美味しく食べてもらえるかという視点を見失ってしまう恐れがあります。
優秀な農産物バイヤーさんはきちんとこの3つの視点をもっていると感じます。
農産物の世界に関わって15年以上経過しましたが、繋げることの重要性と難しさをいつも感じます。しかし、ビジネスの視点をもちつつ、適材適所で農産物が活かされることが、作り手にとっても、使い手にとっても食べ手にとっても良い結果になることを信じて、これからも仕事をしてきけたらと思っています。