私の好きな野菜の一つが小松菜です。
我が家は、お正月のお雑煮に小松菜を添えます。
また、多分我が家にしかない「じり焼き」という料理は、小松菜と牛すき焼き用肉だけ焼いて食べる料理ですが主役が小松菜です。

皆さんは最近、小松菜を買いましたか?あるいは店頭で見かけましたか?

多分、小松菜はこの10年程で大きく姿が変わり、しかも人気が出てきた野菜の一つです。
時代のニーズや流れによって野菜はどんどん変わるのですが、
小松菜は、「時代が変われば野菜も変わる」ことがよくわかる野菜です。

じり焼き 茹でた小松菜と醤油を牛脂で焼いて、さっと醤油をかけて食べるシンプルな料理
小松菜と牛肉の相性がとても良い

吉宗が命名した?小松菜

小松菜という名前の由来は、東京都江戸川区の小松川からきています。
江戸時代に、鷹狩りで小松川を訪れた8代将軍徳川吉宗が、その地で食べた汁の中に入っていた青菜が美味しかったので、小松川という地名から「小松菜」と命名したと言われています。
(これが史実かどうかは不明瞭という話もあります。)
しかし、小松菜は江戸川の小松川あたりで産まれた野菜ということは本当です。
現在の小松川界隈はすっかり都会になっていますが、今でも小松川には「小松菜」を作り続けている生産者達が存在します。

小松菜は今でも昔ながらの品種が固定種として保存され、ごく少量ですが作られています。それが後関晩生小松菜(伝統小松菜)と呼ばれるものです。
私はこの伝統小松菜を何度か食べたことがありますが、茎も葉も柔らかく、繊細な野菜ですが、小松菜独特な味わいをしっかりもっている青菜でした。

伝統小松菜(クサマヒサコの野菜ノートより)
日本農林社 後関晩成小松菜種袋
袴の部分(茎の両側に葉がついている)が多い

時代の変遷とともに野菜は変化する

小松菜は江戸時代からある野菜だということがお判りいただけたと思いますが、
吉宗が食べていたであろう小松菜(伝統小松菜)と、現在私達がみかける小松菜ではかなり違う容姿です。
では、どうして小松菜はこんなに変化したのでしょうか?

その土地で馴染んでいった野菜

植物は同じ品種の種であっても、生育環境が異なれば、同じようには育ちません。
野菜は、もともと同じ種でも、年月が経過していく間にその土地の環境に馴染んでいき、形質が変化していきます。各地に残っている伝統野菜や地方野菜と呼ばれるものがそれに該当します。

昔は、自家採種といって自分で種取りをして、種を保存しておいて翌年にまた蒔くのが普通でしたし、
その種を人に分ける、交換する機会がありました。
ですから、各地で馴染んだ品種があったり、その種を別の場所に持って行き蒔いたらまたちょっと違った性質のものに変わっていくことがありました。

そう考えると、小松菜も元々はどこからか来た青菜が小松川で変化してそれが馴染んでいき、その土地独特な青菜になったといえます。
伝統野菜はその土地に種を保存して繋いで行く人がいないと残っていきません。すでに失われてしまった伝統野菜も多いのですが、この伝統小松菜は、昭和の時代に後世に残すべく固定種としてきちんと種が管理されてきたので、現在も残っています。

効率化が求められた大量生産大量消費時代

戦後の大量生産大量消費の時代になると、収量が多く、質が良く、作りやすい、揃いがよい、等の経営効率化に適した野菜や日持ちが良いなど売りやすい野菜が求められるようになりました。そのため、「F1」の野菜の種が主流になってきて、F1の技術で多くの野菜の品種が改良されてきました。

「F1」というのは、一代交配種のことです。優良な親同士を交雑させてつくられた品種、交雑によって産まれた雑種第一代のことを指します。優秀な両親から産まれたすごく優秀な子供ということです。
沢山収穫できて質が良く栽培しやすい品種は、大量生産には必要だったわけです。

しかし、そのすごく優秀な子供の次の世代F2(孫)も優秀かというと、F2は元々の形質(すごく優秀な点)を維持できないので、不揃いになったり、質が悪くなったり、見た目が異なったりしてしまいます。
つまり、優秀なのは一代限りなので、その優秀さを引き継ぐことはできないため、生産者はまた新しいF1の種を購入しているのです。

2015年頃の普通の小松菜 (クサマヒサコの野菜ノートより)
伝統小松菜よりも茎も葉もしっかりして、色も濃く、折れにくく日持ちがよくなっている

作業のしやすさが求められる時代

大量生産大量消費の時代は長く続いてきました。近年は野菜を潤沢に供給したくても、農業の高齢化や人手不足、労働環境の改善と言った労働力の問題も深刻さを増してきました。作り手自体の減少もありますが、今働いている人達の労働時間や作業負担の軽減も農業を続けていく上での課題です。

農業には、収穫後に「出荷調整」といって、収穫したあと土を落としたり枯れた部分や不要な部分を除いたり、束ねたり、袋や箱に入れて出荷する準備の作業があります。この出荷調整は機械化できる農産物もありますが、野菜栽培の場合、様々な作業の中で最も人の手がかかる作業と言われています。(つまり時間とコストがかかるということです。)
特に、小松菜やホウレンソウなど土を使って栽培した葉物野菜は、まず下部の根っこの部分についた土を落としてきれいにします。そして束ねて、きれいにフィルム袋に入れるという作業になるので、手間がかかります。労働環境の改善の点からも、省力化は大きな課題です。

さらにもう一つ省力化が求められている背景があります。
現在野菜の生産量の約7割が業務加工用となっていますので、加工する際の洗浄やカットなどの際の作業のしやすさや省力化も野菜に求められる重要な要素になったのです。

今から5年程前にある大手種苗会社さんの研究圃場に行った時に、葉物野菜の畑を担当者の方に案内してもらいましたが、品種改良の方向性は、パートさんの出荷調整が楽になるような品種や業務・加工向けの品種の育成に力を注いでいるという話でした。

もともと小松菜は、茎の下の部分まで葉がついている形状(有袴型)でしたが、これだと葉の部分が傷みやすい、茎の間の土を落としにくい、葉が外に広がって袋に入れにくい、カットしにくいなど作業効率が良くなかったのですが、現在主流になっているものは、足が長くて葉の部分も広がっていないので、作業性がよくなっていることが解ると思います。最近の小松菜は、茎の部分が太く長くなってあしながおじさんのようです。

より足が長くなり、葉の広がりもなくなってきた現在の一般的な小松菜
もっと茎が太く長いものも売っている

使いやすい・栄養価の高い人気野菜

小松菜はもともとは東京近郊や関東が中心でローカルな野菜だったのですが、近年は全国区の野菜になっています。なぜなら、一般消費者にとって使いやすく、栄養価が高い野菜なので人気になっているからです。

ライフスタイルの変化によって、家庭内調理は、時短料理や簡便料理が主流になってきました。
少し前までは、葉物野菜と言えば、葉物野菜の王様「ホウレンソウ」が人気だったのですが、ホウレンソウはアクがあるので調理の最初に下茹でが必要です。時短料理には不向きです。

切ってすぐに、炒めたり、煮たりできる小松菜のほうが時短調理で楽ですし、ビタミンC、カロテン、鉄、カルシウムといった栄養価が高い、しかも癖がないので、小松菜は手軽さとヘルシーさで時代のニーズにぴったりな訳です。

是非スーパーの野菜売り場で小松菜をチェックしてみて下さい。多分、ホウレンソウよりも小松菜の方が沢山陳列されていると思います。(人気の野菜はそれだけ多く陳列されるので)

小松菜の輪野菜のグリーンカレー(オリジナル)

なぜ短時間にどんどん変化できたのか

ここまで、伝統小松菜から現代のあしなが小松菜までの変遷について話をしてきました。
では、なぜこんな短期間に小松菜はどんどん変化できたのでしょうか?
それは小松菜がアブラナ科の野菜だからです。
アブラナ科の野菜は、キャベツ、ハクサイ、ダイコン、カブ、チンゲンサイ、ナバナ、ワサビなどビックファミリーですが、アブラナ科の野菜(植物)は交雑しやすいという特徴を持っています。交雑しやすいということは、品種改良がしやすいということなのです。
畑でアブラナ科同士が勝手に交雑してしまうこともある位です。

小松菜は、チンゲンサイやターサイなどと掛け合わせて改良されてきたと言われています。
多分、最近の小松菜は実際に見た目や食味がチンゲン菜などにちょっと似ているとか感じる人もいるでしょう。

味は二の次、三の次

私は野菜と文化のフォーラムの理事をしていますが、野菜と文化のフォーラムでは、長年一つの野菜を取り上げて、品種の食べ比べや、種苗会社からの品種の特徴などを聞く機会をもってきました。
同じ野菜でも、品種によって特徴が違うことを、私自身が見たり触ったり食べたり聞いたりして感じてきました。

種苗会社のカタログやパンフレットを見るとわかりますが、よく見かける品種のアピールポイントは、耐病性とか多収量とかです。
種苗会社は、種を販売するビジネスですから、生産者のニーズ(耐病性や多収性など)に応える種を提供することが求められます。つまり、ニーズの高い特性が重要視されますし、最近では栄養価の良さなども重要されています。野菜は食べ物なので、そんなことよりも美味しさが大事じゃないの?と思われる人もいると思いますが、残念ながら食味美味しさ)は二の次、三の次というのがメジャーな流れになってしまいがちです。なぜなら野菜は食品であると同時に、商品であるからです。

小松菜に限らず、野菜もどんどん新しい品種が台頭していく中で、全体的には食味の優れた品種であっても、他のニーズを満たしていないと作られにくくなっていく傾向です。
野菜の味が薄くなった、香りがないなどという人が時々いますが、品種の変化も要因の一つと考えられます。

しかし、すべての種苗会社がそういう方向を向いている訳ではありません。
また、個人農家さんの中には、美味しい品種にこだわって栽培しているところもあります。
美味しい品種は一般的に、手間がかかる、病気に弱いなど作りにくい事が多いので、作り手の技術も必要です。
ですから、品種にこだわって栽培している農家さんは、研究熱心で栽培技術もある人が多いといえるでしょう。

小松菜と干し海老の炒めもの
さっと水で戻した干し海老、小松菜を炒めて塩で味付け

「農や食についてなるべくフラットにわかりやすく伝える」

種の話は、インターネットなどを見ていると、いろいろと偏見や誤解も多いようです。
固定種が良いとか日本の種が危ないとか、自家採種はだめになったとかいろいろ書いてあります。
いろいろな考え方があって良いかと思いますが、農業の現場や現実と乖離している話や、自分で考えずに人の言葉を鵜呑みにして語る人が多いことを私はちょっと危惧しています。

なぜこういう傾向がみられるのかと考えると、多分要因は一つではないと思いますが、
ひとつには、農や食の話は複雑でわかりにくいということです。
ですから、私の役目は、これまで農と食の仕事をしてきて、見たり、触れたり、学んだり実際に経験したことを基に整理して、農と食についてなるべくわかりやすくフラットにお伝えすることなのかなと思っています。

そして、皆様に少しでも、農や食のことを知っていただいたり、考えるきっかけにして欲しいと願っています。
私個人としては、いつの時代にも、良い農産物を持続可能な形でしっかりと作れる生産者は本当に大切だと思っていますし、そういう作り手の方々を支援していきたいと思っています。